つれづれ日記 —2016 11月—

パステルデッサン B4 パステル/紙 
パステルデッサン B4 パステル/紙 

NEW! 2016/11/18  <加筆2>

 

9ヶ月前に描いたパステル画の加筆。

と言ってもほとんど描き直したようなものだけど。

 

まずは溶解剤を使って、顔料を半分程度拭き取る。

で、パステルで加筆、で拭き取る・・・。

 

不思議なもので、自分の描いた絵とはいえ、9ヶ月も前のことだと

躊躇なく「崩す」ことができる。

リアルタイムだと、どうしても「まとめよう」という心理が働いて

しまう。

締め切りに間に合わせねば、という事も亜たまに引っ掛ってくるし。

時間を経る事で、その辺の意識は弱まる。

 

当時は、何らかの資料を見ながら描いていたと思うのだが、今や

どこにあるかも分からない。

なので、何も見ずにイメージだけで描く。

 

これには良い事もあるし、悪い事もある。

良い事は、具象性、写実性に囚われず、思い描いたイメージに近ずけ

ようとする事。

悪い事は、観念的になる事だ。

 

その辺はサジ加減&これまでに見てきたもの、描いてきたものの

蓄積がものを言うんだと思う。

今作は・・・若干、観念的になったかな?

ま、次回はまた別の方法で描いてみよう。

パステルデッサン B4 パステル/紙 
パステルデッサン B4 パステル/紙 

2016/11/09  <加筆>

 

少し前に描いたパステルデッサンに加筆。

 

筆を加えるのもそうなんだが、結構「取る」方も多い。

溶解液を全体に塗ってり布などで拭き取っていく。

 

その際に、取りたい所が取れなかったり、取れて欲しくない所が取れたり。

イライラする時間帯だ。

いっそ定石通りに描き進んだ方が「楽」だ。

 

しかしそれだと「定石通りの絵」になってしまう。

予期せぬ「何か」が生まれない。

 

私の場合、「◯◯のメタファー」とか「ナラティブ」とかは無いので、

偶然できる絵肌や何やかやは重要なのです。

 

ただしかし、何度も何度も描いて消してを繰り返すので、紙が段々と黒ずん

でしまう。これは長年の悩み。

 

今回は全体的にワントーン「グレイッシュ」になったが、それはそれとして

階調をコントロールした。

ハイライトも大袈裟には入れなかった。

 

ま、少し「汚れた」印象ととるか、古い絵葉書の様な「味」と捉えるかは

鑑賞者にお任せしよう。

 

上品な仕上がりにはなったと思う。

 

 

 

パステルデッサン B4 パステル/紙 
パステルデッサン B4 パステル/紙 

 

2016/11/03  <パステルデッサン>

 

気がつけば個展まで後2ヶ月になっていた。

9月の不調や10月のパソコントラブルやなんやかんやでこのザマだ。

とにかく、ケツに火が着いた状態。

 

第一弾は、まずはパステルのデッサンから。

なんだかとっても「フツー」の絵になってしまった。

これが良いのか否かは・・・分からない。(鑑賞者に委ねま〜す)

 

私の描き方は、描いて→拭き取って→描いて・・・の繰り返し。

残って欲しい所がズルッと落ちてしまうかと思えば、消えて欲しい

黒ズミがしぶとく残ったり。

 普通に段取りに沿って描いたほうがスムーズに行くのは百も承知。

その一見無駄とも思える作業によって偶然性が発生するのを期待している。

自分では思いつかない表情や効果が現出するからだ。

しかし「やんなきゃ良かった〜!」と思うことはしばしば。

 

しかし今回はあまり、偶然の魔法も悪戯も起こらなかった。

そうするとやはりどこか物足りない「フツー」になってしまう。

 ま、しかしこれは見る方によって意見が分かれるところ。

私の絵を見てよく「デッサンが狂ってる」と言ってくる人がいる。

(世の中「写実」が支配しているのね〜21世紀の現在でも)

で、描き方を説明すると「ふ〜ん」と納得しかねるといった表情で去っていく。

 

写実的に描こうと思えば描けるわい!といつも思うのだが、それに屈しては

いけない。

歴史的にも写実は行き着くところまで行き着いているし、市場的にも私など

よりウマイのがゴロゴロいる。

わざわざ他人の土俵に上がることもあるまい。

 私はわたし。ゴーイングマイウェイ、です。